CX(カスタマーエクスペリエンス/顧客体験)とは、商品やサービスの購入検討から購入、使用するまでの顧客の体験と、そこから得られる価値のことです。
近年、小売業において、購入プロセスのさまざまなタッチポイントから顧客の支持が得られるCXの向上が非常に重視されています。
ここでは、CXを向上させるうえでのポイントや、CX向上によって得られるメリットについて解説します。
1. 小売業が抱える課題
最初に、現在の小売業が直面している課題とCX向上との関係性を確認します。
1.1. 人手の不足
少子高齢化に伴う人手不足は、全業種に横たわる慢性化した深刻な問題です。もちろん小売業においても、コロナ禍で離れてしまった働き手が戻ってこないという声も聞かれます。人材確保が解消できないまま経営破綻してしまうケースも散見されます。
小売業界では、収益アップにつながるCX向上に取り組むと同時に、限られた人的リソースでより効率的に業務を行うための改革も求められています。
参考:
総務省統計局 労働力調査(基本集計)2023年(令和5年)2月分
帝国データバンク 特別企画:人手不足に対する企業の動向調査(2023年1月)
1.2. 店舗のショールーム化
人件費が抑えられるネット販売では、同じ商品・サービスが実店舗よりも安価に提供される傾向にあります。価格面での優位性に加え、非対面で購買活動が行えることから、コロナ禍において急速に広がりました。
一方、来客数を減らした実店舗はショールームに利用されるケースが見られるようになりました。顧客はあらかじめネットで商品を比較検討し、候補を絞り込んでから実店舗を訪れます。実店舗で実際の商品を試した後、同じ商品を少しでも安価なネット経由で買うといった購買行動も見られます。
小売業では、こうした「店舗のショールーム化」に対しても備えることが求められています。商品を手にとって試してみる、プロからアドバイスを受けるなど、ショールームとしての機能を店舗で充実させるとともに、店舗を訪問した顧客がネット経由で購入する場合も自社から購入してもらえるよう、顧客を導くCXをデザインする必要があるでしょう。
1.3. 消費者の購買行動の変化
消費者の購買行動において、デジタル化は急速に進んでいます。スマホやPCを使ってネット経由で情報を集め、複数店舗にまたがって商品やサービスの比較検討を行うことは、いまや当たり前となっています。
また、QRコード決済の利用がZ世代を中心に普及してきたことで、利用できる決済方法が店舗選びや購買判断に影響を与えるケースも起きています。商品やサービスの選択において、消費者は従来の受け身の立場から、いまや能動的な攻めの立場へ転じたといえるでしょう。
さらに、コスパ(コストパフォーマンス)に敏感な層が広がる一方で、環境にやさしく、よりサステナブルな商品やサービスを選択する層も生まれつつあり、消費者のニーズは多様化しています。
デジタル環境を使いこなす消費者の広がりを踏まえながら、個々のニーズをきめ細かく把握し、それぞれにマッチしたCXを提供することが、現在の小売業には求められています。
2. 小売業におけるCXの重要性
小売業においてCXが重要視される背景には、次のような環境の変化があります。
2.1. モノの価値だけでは差別化が困難に
世の中には同じような商品やサービスが溢れており、機能や価格といったモノの価値だけで他社との差別化を図るのが難しくなってきました。
そこで、モノの背景にある情報やモノにまつわる体験に着目し、感情を伴う価値の提供によって差別化を図ろうとする動きが広がっています。
2.2. 顧客が購買行動の主導権を握るように
以前は、企業や店舗からの宣伝・広告・助言が顧客の購買行動に大きな影響を与えていました。現在は、顧客自身がネット経由で多くの情報を得るだけでなく、自ら口コミを発信できるようになり、購買行動の主導権は顧客に移ってきています。企業や店舗が顧客の購買行動に影響を及ぼし、自社商品の購買へと導くためには、CXの向上が欠かせません。
2.3. 顧客のニーズが多様化
機能を増やす、価格を下げる、すべての顧客に同じ広告を出す。こうした従来のマーケティングのアプローチは通用しなくなってきています。さらに、世代や地域などの単純なセグメントだけでは把握しきれないほど顧客のニーズは多様化しています。適切なセグメントで識別した、それぞれの顧客群にマッチするきめ細かな体験価値をデザインすることが求められているのです。
3. 小売業でCXを向上させるメリット
CX向上の最終的な目的は収益の向上ですが、それ以外にもさまざまなメリットを生み出すことが期待できます。
3.1. ブランドイメージが向上する
CXは一貫したブランドイメージに基づいて提供されます。商品パッケージやウェブサイト、店舗などの視覚的なイメージを統一する、そうしたものから受ける印象(ゴージャス、ナチュラル、スポーティなど)をブランドイメージに合わせたりするなど、ブランドの世界観を購買活動における複数のタッチポイントを通して作り上げることで、ブランドイメージは顧客の中で明確となっていきます。
3.2. リピーターやファンを育成できる
商品やサービスにまつわるストーリーや購買行動を通して得られる体験が気に入った顧客は、そのブランドのラインナップ全体や関連の商品・サービスにも興味を持ち、同様の体験を繰り返したい欲求が高まります。CX向上の取り組みは、商品やサービス単体の価値を高めるというよりも、ブランドの熱心なファンやリピーターを育成する活動だといえるでしょう。
3.3. 他社との差別化が図れて競争力が高まる
機能や価格など「モノの価値」だけでは他社との差別化が難しい場合も、モノにまつわる情報や「コト」で他社とは異なる付加価値を提供することができます。
例えば、コーヒーを提供する場を考えてみましょう。ジャズが流れる落ち着いた店舗にするのか、顧客の要求を聞いてバリスタがオーダーメイドで一杯ずつ提供するのか、オーガニックやフェアトレードにこだわった素材や空間にするのか。自社の個性とブランドにマッチした顧客体験の場を作り上げることで、他社との差別化を図ることができます。
4. その他、成長するために取るべき対策は
小売業の課題を解決し成長していくためには、以下のような対策を取っていく必要があると考えられます。CX向上と合わせ、取り組む対策に盛り込んでいきましょう。
4.1. 店舗運営の体制強化・業務の効率化
CX向上に関してはデジタル環境での取り組みにのみ注目が集まりがちですが、本来あらゆるチャネルへの目配りが求められます。実店舗運営についても、限られた人材で効率的に運営できる体制へ業務の見直しが必要となるでしょう。
4.2. アプリやECサイトにおけるオンライン接客の強化
アプリやECサイトにおいても「オンライン接客」についての配慮が求められます。シンプルな操作で商品やサービスが理解でき、購入まで容易に辿り着けるだけでなく、顧客が抱きがちな疑問を想定したうえでオンライン接客をデザインしておく必要があるでしょう。
具体的には、FAQやガイドの充実、チャットボットやヘルプデスクなどによる対話形式での接客環境の整備などです。
4.3. DX化の推進
小売業におけるDXは、独立した取り組みとするのではなく、CX向上を支える基盤として捉えて同時に取り組むと良いでしょう。
紙の帳簿の電子化といった個々の作業のデジタル化はもちろん、商品や顧客に必要な情報を一元化し、ネット・実店舗などすべてのチャネルの購買行動における複数のタッチポイントで顧客に提供する効果的な情報をデザインします。
デジタルツールを活用してカスタマージャーニー全体を進化させる取り組みこそDXといえるものです。
5. CX向上にはカスタマーエンゲージメントプラットフォームの活用を
CX向上の取り組みでは、それぞれの顧客ニーズにマッチする商品や情報をタイムリーに提供することが重要です。こうした取り組みを効果的に行ううえで有効なのが、カスタマーエンゲージメントプラットフォームです。
カスタマーエンゲージメントプラットフォームとは、ブランドや企業と顧客との信頼関係(カスタマーエンゲージメント)を高めるために一貫したブランド体験を実現する統合ツール環境です。
5.1. 活用するメリット
カスタマーエンゲージメントプラットフォームを活用すれば、顧客データに基づいたマーケティング施策をタイムリーに打つことができます。その結果、CX向上につながる次のようなメリットが得られます。
- 複数のタッチポイントから顧客の声を入手できる
- 顧客データを活用して、セグメンテーション、パーソナライゼーション、テストがリアルタイムで実施できる
- セグメントごとに適切なメッセージを、適切なチャネル・適切なタイミングで届けられる
5.2. カスタマーエンゲージメントプラットフォーム活用事例
コスメ・美容に関わる多様なサービスを展開している@cosmeでは、統合型カスタマーエンゲージメントプラットフォーム「Braze」を活用することで、短期間にCXを向上させました。
@cosmeはメディアからスタートし、現在はECサイトや実店舗などオンラインとオフラインを跨ぐ日本最大のコスメ・美容プラットフォームとなっています。さまざまなチャネルから@cosmeにたどりつく顧客に、それぞれが求めるサービスに結びつけるハブとしてのアプリを提供するにあたり、Brazeを活用しました。
まず、アプリのダウンロード数を向上させるため、BrazeのABテスト機能を活用してポップアップバナーの文面をブラッシュアップしました。次に、どのチャネルから@cosmeを利用しているかによって顧客をセグメント化し、配信する情報を分けました。さらに、クーポン提供後にイベント参加情報を配信するなどのシナリオ設計を行うことで、適切なタイミングでの情報提供を可能にしています。
こうして@cosmeは、Braze導入から3ヵ月でアプリMAU*1.5倍、ダウンロード数2〜3倍などの効果を得ることができました。
*MAU(Monthly Active Users):特定月に1回以上利用や活動のあったユーザー数。ユーザーの利用実態を把握するための指標。
6. まとめ
小売業の課題を解決し成長を目指すにあたっては、顧客が購買行動の中でブランドの価値を見出すCXの向上が欠かせません。
CX向上を確実に実現したい場合は、カスタマーエンゲージメントプラットフォームを有効活用し、CX向上を短期間で実現しましょう。
小売業におけるCX向上施策を検討するにあたっては、以下の記事もぜひご覧ください。
>小売業の未来:ニューノーマルにおけるブランドの機会